事件の経緯とその背景

◆特捜部の「シナリオ」

 東京地検特捜部によって想定された事件のシナリオは、次のようなものでした。

 すなわち、「今回の事件は、中小企業が『粉飾決算』をすることによって『銀行をだまし』、『融資金を引き出した』」という筋書きです。このシナリオを大々的に実演するため、「東日本大震災緊急保証制度(震災保証)」という、いわばマスコミの注目を集めやすい融資制度を受けていた中小企業――朝倉亨氏が経営する㈱エス・オー・インク――が狙い撃ちにされました。

 この企業にコンサルタントとして関与していた佐藤真言氏は、「実質破綻の中小企業を利用して震災復興などの保証制度を食い物にした」とされました。また、佐藤氏が所属していた会社に対しても、「銀行員崩れが集まって、潰れそうな中小企業に粉飾決算をやらせて融資金を引き出してやり、金を吸い上げていた。業として詐欺をやる詐欺株式会社のようなものだ(検察幹部の言葉)」と、あたかも融資詐欺の首謀者であるかのような言明が特捜部によってなされました。またテレビでは、「コンサルタントは分け前をもらって大もうけできる」といったコメントが全国放送で流されました。

 

◆無視された事実

 しかし、この検察の筋書きにはいくつもの無理がありました。

 まず、佐藤氏が企業から直接の利得や裏報酬、成功報酬を得ていなかったことです。通常、詐欺罪が成立するには直接利得が必要であり、これは検察首脳が逮捕当時、「間接利得で起訴なんかできっこない」と言っている通りです。
しかし、どうしても立件に持ち込みたい特捜部は、直接利得があったという当初の筋書きをねじ曲げました。すなわち、佐藤氏が自身の会社から得ていた給与を「間接利得」とみなし、あたかも「給与」が「粉飾決算の対価」であったかのように意味づけ直したのです。

 また、佐藤氏が企業の粉飾決算を主導していたという特捜部のシナリオとは異なり、佐藤氏の担当する顧問先で粉飾決算を行っていたのは全体の25%にすぎませんでした。佐藤氏が所属する会社には歩合給がなく、社員全員同額の給与であったことも、佐藤氏を「カネ目当ての不良コンサルタント」とみなす特捜部の見立ての誤りを如実に示しています。

 さらに、この事件で問題となった企業の粉飾決算については、佐藤氏と出会う前からすでに会社が独自で行っていたことも判明し、「佐藤首謀」という特捜部のシナリオは、いよいよ破綻を余儀なくされます。

 しかし、特捜部は、自らの筋書きに狂いが生じても撤退しようとはしませんでした。特捜部は、「佐藤首謀、立件ありき」という強硬な姿勢のまま捜査を進め、ついに、真摯な一経営者である朝倉氏と、赤字にあえぐ中小企業の復帰を必死で支援していた佐藤氏を逮捕し、そのすべてを奪ってしまいました。

 

◆中小企業と「粉飾決算」――その構造的背景

 中小企業と粉飾決算というテーマは、社会の構造的な問題です。決算書が赤字や債務超過の会社には、銀行はお金を貸そうとしません。しかし、赤字や債務超過の会社が実質破綻かというと、必ずしもそうではありません。日々の必死の努力によって従業員の雇用を守りぬき、会社をも守ろうとする、たくましい400万もの中小企業が日本にはあります。

そんな会社が銀行からお金を借りられなくなるということは、人間でいえば血液が止まってしまうことに等しく、会社の倒産を意味します。したがって、中小企業が粉飾決算に手を出してしまう背景には日本経済と社会の構造的な問題があり、また、倒産か、粉飾決算かを迫られる中小企業の抜き差しならぬ立場があるといえます。

 「粉飾決算をする会社は、実質破綻会社なのだから潰れて当然」、とある検事は言いました。

 この言葉は、日本社会や経済の実情をまったく見ようとせず、ただ法律と自らの筋書きだけに忠実であろうとする検察官の姿を象徴的に表しています。

しかし、検察官としての任務とは、法律を盲目的に遵守するあまり、必死に働く市民の生活を破壊せしめることなのでしょうか。むしろ彼らがすべきであったのは、粉飾決算によって受けた融資を運転資金として使い、利益を生んで借りたお金をきちんと返す、そんな中小企業の実情を直視することだったのではないでしょうか。

 郷原弁護士は、ご自身のブログで次のように語っています。

 「刑事事件の公訴権(起訴権限)を独占するとともに、訴追裁量権が与えられている日本の検察は、犯罪事実が認められても、起訴を見送る『起訴猶予』の処分を行うことができる。世の中には、形式上は法令に違反し、罰則の対象となる行為であっても、それを敢えて刑事処罰の対象にする必要はない行為が無数にある。

 形式的には犯罪が成立しても、事件の実体からして処罰する必要のない事件を不起訴にする権限が与えられている検察は、独自の判断で事件を立件し捜査の対象としていく場合にも、事件の中身を的確にとらえ、刑事処罰に値するものなのかを適切に判断することが求められる。

 検察が判断を誤り、立件すべきではない事件を立件し、起訴すべきではない事件を起訴してしまった時、裁判所が無罪の判断を下すことは困難であり、しかも、形式上『弁償されていない財産上の被害』があれば、量刑も軽いものではすまない」

 自分の会社から支払われる定額の給与以外には一銭の報酬も受けることなく、ただひたすらに中小企業を救おうとした佐藤氏と、リストラを断行して日々会社の改善に涙ぐましい努力を重ねていた朝倉氏。この二人は実刑判決を受け、刑務所で受刑をすることになりました。